こんにちは。デザイナーの前田高志です。
遊び心が武器の「株式会社NASU(ナス)」というデザイン会社の代表です。また、仕事ではできないヘンテコなものを作るクリエイティブ機関「マエデ(旧:前田デザイン室)」の代表をやっています。2016年に独立するまでは、任天堂株式会社にて、約15年、広告販促用のグラフィックデザインの仕事をしていました。
任天堂時代は、ゲームという手に取り遊んでみないと魅力が伝わりにくい商品を把握し、手に取らずとも魅力を伝えるということを実直にやっていたのですが、この姿勢は今もそうです。
僕がずっと一貫して行っているのは、人や企業、〝コンテンツの魅力〞をデザインの力を使って最大化することです。そんな基本的な僕の思考、経験談を『勝てるデザイン』に全て書きました。
だから、デザイン書は別として、僕の思考を書くことはもうないだろうと思っていました。
しかし、『勝てるデザイン』を出版してから3年、僕の会社も社員が増えました。NASUのパートナーも増えました。応援してくれるクリエイターも増えました。
その中で、僕がやっていることを再現性を持たせて勝てるデザインにまで持っていくには、まだまだ言語化が足りていなかったようです。
元々「勝てるデザイン」の原題は「誰も書かないデザインの話」でした。事例集を除けば、トップクリエイターと初学者向けのデザイン書がほとんどです。デザインを今頑張っている人に少しでも軌跡を残したかったのです。そして、今回、再び筆を執ることに決めました。3年が経って、勝てるデザインをどう作っていくか、使っていくか? を詳しく書こうと思いました。
「勝てるデザイン」は、WHATであり基礎。
「愛されるデザイン」は、HOWであり応用です。
「“勝てる”デザイン」から「“愛される”デザイン」へ
デザインで「勝てる」には?
その答えは、「ブレない背骨」と「やりぬく体幹」です。
僕は「勝てるデザイン」の中で、繰り返し、
デザインは、「思考」と「造形」の掛け算でできている。と書きました。この考えが深化しました。「思考」と「造形」をブレずにやりぬくためには「思考の背骨」と「やりぬく体幹」が必要なのです。言葉が置き換わっただけじゃないか? と思われるかもしれませんが、そうではありません。
人はしっかりとした太い背骨があることで、身体を動かします。芯があるからこそ、自由に柔軟に思考することができます。また、体幹が強いと、身体の軸がブレにくく、筋肉の力を最大限発揮できるようになる。だから、目的の形を作り上げ、ふりきってやりぬく体力が生まれるのです。
つまり、いいデザインを作るための「思考」「造形」は、それを生み出す人間のブレない「背骨」と実行するための「体幹」が必要なのではないかという仮説です。
ものづくりをする上で、僕は思考がブレることはないです。もちろんあえて壊しているようにトリッキーに見えるときもあるかもしれないけれど、根底にある思考はずっとブレない。人体の背骨のように、「思考の背骨」を持っているからです。ボクシングのパンチを思い出してください。重心がブレていない体幹が乗ったパンチは重くてパワーが強い。僕は、それをデザインでやっているのです。
「愛されるデザイン」は、この「ブレない思考の背骨」と「やりぬくための体幹」を作るための方法です。これらは、ものづくりをする上でいうところの「クリエイティブディレクション」に関係します。
本物の「クリエイティブディレクター」になれ
クリエイティブディレクターとは、元々は広告業界における現場監督的な人が担う役割の名称です。プロジェクトの方向性を決めたり、制作物のクオリティを管理するなどの役割があります。
僕はデザイナーですが、プロジェクトにおいてはクリエイティブディレクターの役割をすることがほとんどです。そして、僕の考えるクリエイティブディレクターは、ものづくりにおける方向性やクオリティ管理以上の役割があります。役割を超えた姿勢、生き方とも言えます。
これまでのクリエイティブディレクターを「ディレクションで人の心を動かす」と定義するなら、僕の思うクリエイティブディレクターは「どうしても、心が動いてしまう」状態を作る役割だと考えています。仕事が来ること、向こうからのアクションを待つのではなく、とにかく人の心が動いてしまうアクションから始めます。そこにクリエイティブの力、ブレない背骨とやりぬく体幹を使っているのです。
具体的な例でお話ししましょう。
CHEERPHONE(チアホン)という、スポーツなどのライブエンターテインメントをより楽しむためのリアルタイム音声配信サービスのロゴをデザインしました。ご依頼いただいた内容は「ビジネスアイデアをピボットして、これまで使っていたロゴが合わなくなってきた。前田さんが作ってくれるロゴの中にイメージがピッタリのものがあればうれしい」というオーダーでした。
ヒアリングを経てロゴを作る段階になり、僕は「どのスポーツ観戦の会場に行っても、みんながチアホンを使っている状態を作りたい」という夢を思い描きました。チアホンというサービスにとっての夢とも言えます。プロジェクトを課題解決とするか、夢とするかでアウトプットが大きく変わってくると思うのです。課題解決ではスケールが小さい。「ドリームコンセプト」を描こう。
チアホンは、パナソニックの新規事業です。認知は着実に広がっています。しかし新規事業というものは、ずっと続く保証はありません。予算や経営方針の変更など状況が変わることがよくあるからです。続けるためには、わかりやすい成果、僕が描いた夢であるみんながチアホンを使っている状態を早く作らなければいけない。そのためには「じわじわ」広がるのでは遅い、もっと早く「爆発的」に広がる必要があります。
そこで、このプロジェクトを「チアホンのロゴを作るプロジェクト」ではなく「チアホンを爆発的に広げるプロジェクト」と再定義しました。爆発的に知られるデザインで、心が動いてしまう状態を作ると決めたからです。頼まれたわけではなく、余計なおせっかいであり、僕のフツフツとしたマグマなんです。
こういうプロジェクトの再定義は僕はこれまで自然と行ってきましたが、僕のやっていることを社内で再現性を持たせるために「本質ブレないシート」というツールを使っています。「本質ブレないシート」は、まず中心にプロジェクトの名前を書きます。チアホンの事例に当てはめて考えてみます。真ん中のプロジェクト名について、最初は「チアホンのロゴデザインプロジェクト」でいいのです。しかしヒアリングを経て依頼者の夢を想像し、そこか らプロジェクトのゴールを決めたらプロジェクトの定義、今回なら「認知爆発」の言葉が入ったものに変わるはず。その再定義を解像度高く設定することで後のアウトプットが大きく変わります。
さて、チアホンのロゴですが、最初はとにかくたくさんのロゴ案を出しました。その中で僕がクライアントさんに最終提案するにあたって基準となったのが「どうしても、心が動いてしまう」状態に沿っているかでした。心が動くとは、今回なら「チアホンを体験してみたくなるか?」です。その積み重ねが「認知爆発」につながっていくこと。
最終案として残っていた次ページの案もおすすめでした。レーストラックのような形にも見えるので、スポーツ観戦でよく使われているチアホンと相性がいい。映画のエンドロールで毎回流れてくるドルビーのマークのように、スポーツ会場に行けば知らず知らずのうちに目に触れるマークとしてその回数を増やし、知ってもらう方法を考えました。しかしそれだと爆発的ではありません。ですから今回のプロジェクトにはふさわしくないのです。
最終的に提案し、クライアントさんからも選ばれたロゴ案が、次ページのものです。
ビジュアルと共に考えました。チアホンを使っている姿は、スマホを持ったごく一般的な姿です。それを見ても「やってみたい!」と思う人はいないでしょう。しかし例えば、Wii やVR ゲームで遊ぶ姿は「自分もやってみたい!」となる強烈なビジュアルです。そのように、このロゴならば、写真と組み合わせてVRゴーグルのようにチアホンを装着することで「何これ? やってみたい!」を引き出せます。つまり「どうしても、心が動いてしまう」状態を作りやすいので、チアホンの認知爆発につながると考えました。
繰り返しますが、パナソニックさんからのご依頼は「ロゴを作ってほしい」だったので、チアホンのサービスの夢を描くとかプロジェクトの再定義は頼まれていません。僕が勝手に考えて提案しました。しかし、大きな夢、一見すると無謀とも思える夢を描き、それを叶えるためのデザインをしないと、「心が動いてしまう」デザインにはなりません。
ただ形を作るのではなく、心が動いてしまう状態を作ることがクリエイティブディレクターではないでしょうか。……
と、さもすごそうに書きましたが、平たく言えば、子ども、いや赤ちゃんのように「かまってほしい!」という気持ちをクリエイティブ表現を使ってアプローチしています。デザイナーにとって、無反応はプロ失格を意味しますから。僕の人生の喜びは、人からの反応です。せっかく作ったのだからという気持ちが強いのかもしれません。
大体の人が、受け身だと感じます。ロゴを依頼されていいデザインをするのは当然ですし、大事なのですが、そもそもロゴを機能させるための、つまり心を動かすためのアクションが弱い。「これは何?」と心が動いてしまうような視覚的な違和感といいますか、「遊んでよ! かまってよ!」そんな表現をもっとしていいと思うんです。
愛される人とは、「愛されにいく」人
話を「愛されるデザイン」に戻します。先ほど僕が説明した通り、クリエイティブディレクションには、もっと心が動いてしまうようなアクションがまず必要だと言いました。これって生き方にも言えるのではないでしょうか?
愛されるデザインとは、愛される生き方とも言えます。僕が思うに、大体の人が受け身で変えようとしない。みんな自分のことを大事にされたいし、愛されたい。でも自分からは動かない。だったら動けばいいのです。動かせばいい。
愛されるは、「愛されたい」「愛されにいっている」とも言えます。
ある人に、「前田さんは赤ちゃんですね」と言われました。
「前田さんは親にすごく愛されていたんですね。赤ちゃんが泣けば親が助けに来てくれる。でも大人になるにつれてそれをやらなくなるが、前田さんは社会を信用しきっているから、社会に向かって泣ける人なんです」人から言われる言葉は宝ですね。社会に対して、かまってと泣けるから、社会と仲良くできる人と言われました。この言葉を聞いて、僕は愛されたくて行動をデザインしているところがあるなと自覚しました。
赤ちゃん力を身につければもっと楽に生きられるのではないか?
そう思うほどです。
人に対してかまってほしいと示すことは幼稚だと思いますか?
姑息だと思いますか? それとも、恥ずかしいですか?
どう思うかは読者のみなさまの自由です。僕はそれでいいと思っています。誰にどう思われようと、何を言われようと目的を達成するために必要なのは「ブレない思考の背骨」であるという、揺るがない考えがあります。デザインは人の目を意識する仕事とも言えますが、そこにとらわれすぎると背骨がブレます。もっとピュアに積極的に目的のためにやりきればいいのに。そうしたらもっと楽に生きられるのに。
ブレない思考の背骨とやりぬく体幹さえあればいい。
もっと自由に、気楽に思考を、人生を、愛される「デザイン」をしましょう。
この本を読んでいる人は、デザイナーかあるいは、デザインを武器にしたいビジネスパーソンだったり、ただデザインが好きだったりする人だと思います。愛されるデザイン力、もっとかまって〜と遊んで力を出すことで人の心を動かし愛されにいける人になれば、「そこそこ仕事ができる人」から、一段階上の「突き抜けた存在」、そして唯一無二の「愛される存在」になれます。それだけじゃなくて、人生が楽になる、人生を謳歌できる考え方になっていると思います。
その思考法が「愛されるデザイン」であり、鍵となるのが、クリエイティブディレクション(どうしても、心が動いてしまう状態にすること)です。クリエイティブディレクションはデザイナーじゃなくてもできます。クライアントさんでも自然とやっている人がいます。そのために本書をお役立てください。
愛されるデザインとは以下の5つの力から構成されています。
・ブレない思考の背骨のデザイン(背骨)
・見極めるデザイン(目)
・ぐにゃぐにゃなデザイン(脳)
・やりきるための体幹のデザイン(体幹)
・赤ちゃんのように愛されにいくデザイン(遊び心)
クリエイティブディレクションの際の思考を分解することで目次を構成しています。
第1章は、〈選択肢を「増やす」ことからデザインは始まる〉。
これまでになかった考え方を紹介しています。
ブレない思考の背骨があるから、自由かつ柔軟に選択肢を増やすことができるのです。
第2章は、〈「選ぶ力」こそ、デザイン〉。
選ぶ力にフォーカスし、いいものを選ぶとはどういうことかを紹介します。いいものを選ぶとは、見極めるデザイン。目を鍛えることで、いいデザインができるようになります。
第3章は、〈「壊して創る」クリエイティブジャンプ!〉。
自分の中の「常識」を壊す方法、いわゆるクリエイティブジャンプをするための思考法を紹介します。1%でも良くなる可能性があるなら、あらゆる選択肢、可能性、意見を取り入れて脳をぐにゃぐにゃにして壊す。壊すことで新たな突破口が見えます。
第4章は、〈クリエイティブの本質を「磨く」〉。
僕はどうもトリッキーなデザインをしているように思われがちですが、その裏にはブレない思考の背骨を実行しやりぬく力、つまり体幹があります。僕のクリエイティブの真髄です。
第5章は、〈「愛される」生き方〉。
周りからトリッキーに見える部分は、きっと僕の「赤ちゃん力」によるものなのでしょう。遊び心を持って愛されにいく。僕の考えを通して、生きやすくなるヒントとなれば幸いです。
AIをはじめとするテクノロジーの進化で、デザイナーが増えます。
デザイナーになれる人が増えます。僕がMacBookとAdobeがなかったら、デザイナーになれなかったのと同じです。
「デザインをどう考えたらいいか?」
「なぜ、このデザインなのか?」
「デザインをどう使うのか?」
というデザインの本質が必要とされる時代になる。
その時代に先駆けて書いたのが、本書『愛されるデザイン』 です。
これまでデザイナーだったみなさん、
さらに楽しいデザインの世界へ、ようこそ!
ノンデザイナーだったみなさん、
デザインの世界へ、ようこそ!
2024年7月3日 前田高志(NASU Co., Ltd.)